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霧多布周辺マップ
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鳥暦 霧多布鳥浜中の海、森、湿原で、子育てをする鳥、羽を休める鳥、 飛ぶ鳥、泳ぐ鳥-。
浜中町で確認されている鳥の種数は約280種。
日本全体での確認数約540種の半分が浜中で見られるということ。

鳥暦カレンダー

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花暦霧多布花「花の湿原」と親しみを込めて呼ばれる霧多布湿原。
湿原で約300種、浜中町全体では700種を超える、植物の宝庫。
木道を歩けば、野生の花たちが優しく迎えてくれる。

花暦カレンダー

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「霧多布湿原の自然」

北海道東部の太平洋に面して広がるまち、浜中町。
この町の中央部、森と海に囲まれるように、 霧多布湿原が広がっている。
長く伸びた砂丘が美しい弧を描き、 湿原の中を5本の川がゆったりと蛇行する。
川の傍ではタンチョウの親子が餌を探し、 春から秋にかけて色とりどりの花が湿原を彩る
「花の湿原」

1.霧多布湿原の概要

面積:約3,168ヘクタール
南北長:約3~4km
東西長:約9km
海抜:3m以下

湿原の北半分には旧砂丘列と砂丘列間の30以上にもなる池沼が帯状に並列し、 南半分には5つの川が樹枝状に広がって太平洋に注ぎ込んでいます。
湿原の大部分は厚さ0.7~2.6mの泥炭地で、 ヨシやスゲ、ハンノキの間に「ヤチボウズ」がボコボコと並ぶ低層湿原、
春から秋まで次々と色とりどりの花が咲き競い「花の湿原」の名の由縁となった中層湿原、
ミズゴケ塊の上にツルコケモモやガンコウランなどの高山植物が密生する高層湿原、
河口部の、珊瑚草やウミミドリ、エゾツルキンバイといった塩生植物が生育する塩湿地と、 バラエティー豊かなタイプの湿原を見ることができます。

琵琶瀬展望台から 霧多布湿原を染める夕日琵琶瀬木道 奥琵琶瀬木道

2.湿原の成り立ち

湿原の地層を掘ると2~3mの深さに海砂が出てきます。
これはおよそ5000年くらい前の層で、エジプトではピラミッドが作られている頃です。
霧多布では海面が上がって、今の湿原を海の底に沈めました。
その海が次第に引いていくにつれ陸地が出来てくると、 低い部分に水が集まり沼や川と共に湿地が生まれてきました。 それは2000~3000年くらい前のこと。
沼地に生えてきた植物は、低温の為完全に腐りきることなく、 半分土になったような状態のまま積み重なって、泥炭と呼ばれる層を作ります。 これが年々わずかずつ堆積しながら沼地を埋めていき、湿原が出来上がってきました。
霧多布湿原は、ヨシからミズゴケ湿原へと移行する湿原形成の、 それぞれの段階を見ることが出来る湿原として、学術的にも貴重な存在といわれています。
霧多布湿原は、津波の痕跡を非常に良好な状態で蓄積していることでも知られており、地質や地層の研究者による最近の調査で、 約5000年前の海砂と現在のミズゴケ泥炭層に挟まれた 約3m厚の地層を切り出したところ、 海砂と火山灰と泥炭とがきれいな層を成していました。
この研究により、湿原生成の過程で9回ほどの地震による大津波と 6回ほどの火山噴火による火山灰を浴びていることが分かりました。
切り出された地層標本は現在湿原センターで常設展示されています。

3.湿原の役割

-海と陸と空をつなぐ-
湿原は希少な動植物の生息地となり、湿原で蓄積されたミネラル分は川に運ばれ豊かな海を育てます。
また、有害物質を長い時間かけて濾過するフィルターとなり、大量の水を貯めるダムとなり、 夏の気温を冬まで蓄えるカイロとなり、さらには大気の温度や湿度まで調整する地球規模の環境調整役となっています。

霧多布湿原には毎年、たくさんの渡り鳥たちがやってきます。
長い渡りの途中に羽を休め餌をとって体力を蓄える渡りの中継地点として、 あるいは夏鳥たちの絶好の子育て基地として、霧多布湿原は無くてはならない存在です。
また、約1万年前に氷河期が終わり、暖かくなったために北へ北へと逃げてきた「氷河期の遺存種」と呼ばれる植物種や、 冷涼な気候でしか生きられない高山植物にとっても、霧多布湿原は貴重な生息地です。
浜中町の年間平均気温は5.5℃。 夏の海霧と、寒流に運ばれてくる冷たい風、湿原の環境調整機能によって、 海抜3m以下という低地にありながら、足元に高山植物が見られるのです。

4.湿原の保全に向けて

-この湿原を未来の子どもたちへ-
この湿原は多くの人を守ってきました。
洪水を防ぎ、沿岸の資源を豊かに育て、私達の生活を支えてきました。
みんなでこの湿原を守っていきたい。 壊すのも人、残すのも人。
●ナショナルトラスト運動
霧多布湿原は周囲を道道と林地に囲まれており、そのほとんどが私有地となっているため、 霧多布湿原の保護については、この湿原外周の私有地部分を良い状態に保存できるかどうかが大きな鍵だと言われています。
1986年8月、地元の青年たちによる「霧多布湿原ファンクラブ」が発足。
湿原民有地を借り上げるという形での民間による霧多布湿原の保全活動が始まりました(1999年解散)。
2000年には「霧多布湿原ファンクラブ」の活動を引き継ぐNPO法人『霧多布湿原トラスト』が設立され、 霧多布湿原のナショナルトラスト運動が始まりました。

●保護行政の沿革
1922年 霧多布湿原中央部の高層湿原部分803.46haが「霧多布湿原泥炭形成植物群落」として、国の天然記念物に指定。
1955年 厚岸道立自然公園に指定(2,850ha)
1981年 銃猟禁止区域を指定(1,156ha)
1992年 湿原南側民有地の一部を町が買い上げる(1,378ha)
1993年 湿原榊町地区の民有地の一部が町に寄付される(12ha)
1993年 国設鳥獣保護区を指定(2,088ha)
ラムサール条約登録湿地に指定(2,504ha)
これにより、国際的な評価を受けると共にその保全と賢明な利用についての責任も生まれた。